心理学者キャロル・ギリガンは小学生にこんな問題をだしました。

「寒さで凍えた一匹のヤマアラシが、
モグラの家族が住む洞穴にやってきて、
お願いだから冬の間だけ一緒にいさせてと言いました。
モグラは了解しましたが、洞穴が狭くて、
ヤマアラシが動くたびに針でひっかかれてしまうのです。
モグラはたまらず、ヤマアラシに出て行ってほしいと頼みました。
するとヤマアラシは「イヤだよ。キミたちがでていけばいいじゃないか」と答えました。
さて、みなさんならどうしますか?」
すると、男の子たちの多くは、
「もともとモグラの家なんだから、ヤマアラシが出て行くべきだ」と、
どちらの主張が正しく、優先するかといった観点で答えたそうです。
ところが、女の子たちの中には、
「出て行ったらヤマアラシが死んでしまう。針を毛布でくるんでみたらどう?」と、
お互いにうまくいくにはどうすればいいかを重視した答えを出す子がかなりいたのです。

これが、ギリガンが「正義の倫理」に対置させた「ケアの倫理」です。
いままで、こうした視点は目先の解決方法として、
レベルが低い考えかたとされてきました。
けれどもギリガンは、既存の哲学や道徳は男性が追求してきたものだから、
その評価にも「正義の倫理」のバイアスがかかっているのではないかと主張したのです。

ケアの倫理は看護や福祉の分野だけで生かされる概念ではありません。
「共生社会」が国際的なキーワードになる今後は、
政治経済の分野にこそ「ケアの倫理」が必要と思われます。
男女共同参画っていうのは、やみくもに女性の権利を伸張することではなくて、
こうした社会を実現するための重要な方策なのです。

社会保険庁のでたらめぶりや、
道路特定財源一般財源化のすったもんだ、
日銀総裁をめぐる自民と民主のごたごた・・・
政治家の答弁はみな「正義の倫理」。
これが「ケアの倫理」で話し合われたらどんな解決方法が見出せるか、
興味があるところです。

「もうひとつの声」キャロル・ギリガン(川島書店)

P.S.女の子の遊びの定番がお人形ごっこから、
変身して悪をやっつける美少女戦士ごっこになって久しくたちます。
女の子の世界に「ケアの倫理」があるというのもすでに幻想かもしれません。
2008.04.16 / Top↑
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