それは100パーセント米兵がよくない。
でもね、そんな不幸なできごとに子どもが遭遇しないように、
身を守るすべをおとなが教えてやれたはず。
夜子どもだけで出歩いてはいけません。
中学生らしい身なりをしなさい。
知らない人にはついていかない・・・
こういう当たりまえのことを、
口をすっぱくして
少女に守らせるおとなはいなかったのかと思うと残念です。
トラックバック
http://chikaova.blog123.fc2.com/tb.php/83-fea056a4
はじめまして。不躾で申し訳ありません。
はじめまして。akiraと申します。
ちかおばちゃんさまと同じように、福岡で相談業務についております。
>夜子どもだけで出歩いてはいけません。
>中学生らしい身なりをしなさい。
>知らない人にはついていかない・・・
事件後に上記のようなことを言うのは・・・。
いたずらに被害者を傷つけるだけかと思います。
サブ・タイトルの
>「知」とは、「だまされないチカラ」のこと。
これに関する記事をトラックバックさせて頂きます。
感想をお聞かせ頂ければ幸いです。
いきなりぶしつけな物言いで失礼しました。
※どうもFC2とは相性が良くないようで、トラックバックが通りにくいみたいです。一応記事URLを
http://blogs.dion.ne.jp/akiras_room/archives/6854182.html
2008-02-27
akira URL
akiraさま
コメントありがとうございます。
記事も拝見いたしました。
記事に関してはその通りだと感じております。
このたびの不幸な事件に対する私の気持ちは、
ブログの一行目がすべてです。
akiraさんのおっしゃるように、被害者の方の心情を慮るのは必要ですし、たいせつなことです。
ただ、そのために、
家庭のなかで親子の話題として取り上げることまでタブー視されることをおそれます。
「沖縄だからしかたがない」とか、「沖縄じゃなくてよかった」「沖縄じゃないから大丈夫」で終わってはいけないという意味で、きっと同じことを感じていらっしゃるのではないでしょうか・・・。
違う部分も、同じ部分もありますね。
不躾なコメントに、丁寧なお返事ありがとうございました。
お礼が遅くなり申し訳ありません。
今回のことは、お互いに相容れない部分もありますが、被害者の痛手が癒されることを望んでいるのは同じだと思います。
また、寄らせていただきます。
2008-03-03
akira URL
akiraさん
「シーラ」というのは、トリイ・ヘイデンの「シーラという子」にちなんだのでしょうか?
もう何年前のことでしょう。
でたばかりのこの本を図書館から借りて読んだのですが、すぐ買いに走りました。
「タイガー」も「よその子」も、出るのを待ちかねて読みました。
シーラは、私にとってかけがえのない一冊です。
その土地は元々誰のものか??それを踏まえた上で琉球・沖縄の道徳心の観点をついてもらいたい。その正しい順序で捕らえたこの事件はひとつの意見しかないはず。「侵すものが悪い」−と。
2008-03-04
本村安彦 URL
そのとおりです
ちかさん(たぶん同年代の方?ひょっとすると私より若いかも知れないので、おばちゃんはぬきで呼ばせていただきますね)
>「シーラ」というのは、トリイ・ヘイデンの「シーラという子」にちなんだのでしょうか?
はい。
セルフヘルプグループを作る時に、作者のトリィ・ヘイデンさんから、名称使用許可をいただきました。
ちかさんにとって大切な一冊なのですね。なんだか嬉しいです。
「シーラという子」は私にとって人生を変えた一冊なので。
カウンセラーになるきっかけを与えてくれた本です。
2008-03-06
akira URL
本村安彦さま
いただいたコメントの通り、
悪いのがどちらかは明らかです。
たとえば、
自宅の前に交通量の激しい幹線道路ができたとしましょう。
横断歩道は離れたところにしかない。
その横断歩道を渡っていた子どもが、信号無視で暴走してきたトラックにはねられたとしたら、悪いのは100%自動車側ですよね。
それなのに、「走ってくるトラックが見えなかったのか」と子どもの不注意を責めるのは、大ケガの上に心まで傷つけるようなものです。
ドライバーやトラックの会社に十分罪を償ってもらうのはもちろん、再発防止のためにはすべての運転者に注意を促したり、行政に時間帯による交通規制や、地下道や歩道橋の設置など、あらゆる措置を求めていくことになるでしょう。
でも、道路は現実としてそこにあるのです。
目の前の事故を防ぐためには、子どもたちに「横に並ばず一列になって歩きなさい」「飛び出したりしないで、必ず横断歩道を渡りなさいよ」「手を上げて、車が止まったのを確かめてから渡ること」「自転車や靴には反射ステッカーを貼る」「濃い色の服は着ないで、白や黄色の服を着る」など、親がうるさいくらいに注意するのは必要なことではないでしょうか。
これは、道徳的な観点ではありません。
自分を守るために、伝えるべき技術なのだと考えています。
コメントの投稿




